2007年04月25日

<紀伊の国>

  ♪ 紀伊の国は音無川の水上に
     立たせ給うは船玉山 船玉 十二社 大明神
    サテ 東国に至りては 玉姫稲荷が三廻へ 狐の嫁入り
     お荷物を担ぐは合力 稲荷様
      頼めば田町の袖摺の さしずめ今宵は待女郎
    コンコンチキナ コンチキナ 仲人は真っ先
     真っ黒、黒な九郎助 稲荷に包まれて
      子までなしたる信田妻



   [解説]
 
   上方の流行が明治に東京に移った。
   立花家橘之助が得意とした。
   19世紀前半に和歌山や大阪で流行した「祭文」が原形。
   紀州の”神おろし祭文”で始められ、音無川を江戸の
   それと掛け 今度は江戸 吉原周辺の稲荷社七つを
   詠み込んで 荘重と軽妙 鮮やかな変化が楽しめる曲に
   なっている。

   待女郎:婚礼の際に花嫁に付き添って世話をする人
posted by 美きえ at 10:04| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

<茄子と南瓜>

 ♪ 背戸のなー 段畑で茄子と南瓜の喧嘩がござる 
    南瓜もとより いたずら者だよ 長い手を出し
     茄子の木に絡みつき そこで 茄子めが真っ黒なって
    腹の立つ そこへ夕顔、仲裁に入り これさ、
     待て待て 待て待て南瓜 色が黒いとて 背が低いとて
      茄子の木は地主だよ おらやそなたは店借り身分 
     他所の畑に 入るのは 無理じゃだんべ

   奥州街道で 南瓜の蔓めが 垣根を壊して 大家が腹立つ
    大工が喜ぶ 十日の手間損 どうするどうする 面白や

 

  [解説]
 
  幕末より唄い出され、お座敷や寄席でも踊られた。大正まで
  流行が続き、立花家橘之助が ♪奥州・・・から甚句形式を
  加えた賑やかな”浮世節”で唄うようになった。
posted by 美きえ at 09:52| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする