2007年11月27日

<槍さび>

 ♪ 槍は錆びても名は錆びぬ 昔忘れぬ 落とし差し
    エ〜サアサー ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ エ〜ヨイヤサー

 ♪ 槍の穂先を 奉書で受けて おせきめ召さるな 我が友よ
    エ〜サアサー 柳生流儀の荒木又右衛門



  歌舞伎の殺し場にもよく用いられる

  【解説】
  日本の三大仇討ちとは『曾我兄弟』『忠臣蔵』『伊賀越徒討』の事

  『曾我兄弟』につきましては曾我兄弟の父、河津三郎祐泰
  (すけやす)が伊豆伊東で工藤祐経(すけつね)の従者に
  よって暗殺されました。
  暗殺の背景は、所領争いと思われます。
  兄の曽我十郎祐成(すけなり)、弟の曽我五郎時致(ときむね)は
  武士道の 面目にかけて仇討の達成を念願しました。

  兄弟は駆けつけた部下たちと渡り合い、兄、十郎は朝比奈四郎に
  斬殺され 弟、五郎は小舎人五郎丸に捕らえられ 断首による
  処刑を申し渡されました。

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  『伊賀越仇討』は・・・
  荒木又右衛門は伊賀の国出身で、大和郡山藩の服部という武家の
  養子となる。
  彼の妻の弟に備前、岡山藩、渡辺数馬という武士がいた。
  数馬の弟、源太夫が同僚の河合又五郎に殺されたため、数馬は
  弟の仇討ちに行くが、そこに又右衛門が助太刀をして、伊賀、
  上野城下の鍵屋辻でみごと その目的を果たした。

  この時、荒木又右衛門は三十六人斬りをしたと言われているが 
  それは誇張で 後世のつくり話。
  実際に 又右衛門が倒したのは二人だそうです。

               
posted by 美きえ at 23:30| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

<わしが国さ>

  ♪ わしが国さで見せたい物は 昔しゃ谷風 今伊達模様
      ゆかし懐かし宮城野信夫 浮かれまいぞえ
        松島ほとり しょんがえ




  [解説]
  仙台地方の民謡として化政期(1804〜1830)に唄い出されたと
  思われる。

  伊達模様  :粋な姿
  宮城野信夫 :浄瑠璃”白石囃”の宮城野・信夫姉妹の事

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  ■太平記白石噺<揚屋>■
    ごたいへいきしらいしばなし<あげや>

  12歳で身を売った宮城野は美しく心根もよいとして人気は群を
  抜いている。

  その廓に田舎くさい娘が連れてこられる。
  それは観九郎にかどわかされかけていた信夫であった。
  5歳で別れた妹と確信する。

  両親の安否を尋ねる宮城野に信夫は父が5月に悪代官に
  刺殺されたが証拠がなく仇が討てずにいると告げる。
  更に信夫は母も悲しみのあまり6月16日に亡くなったと告げ、 
  姉を探して共に父の仇をうとうと考え坂東巡礼のなりで江戸へ
  出て来たと告げる。
  主人の惣六が温かいはからいをしてくれて 大門を出て行く。
posted by 美きえ at 10:25| 東京 ?J| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする