2007年12月12日

<ストライキ節 (東雲節)>

 ♪ 何をくよくよ 川端柳 コガルルナントショ
    水の流れを 見て暮らす 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *テナコトオッシャイマシタカネ*

 ♪ 三十三間堂 柳のお柳 コガルルナントショ
    可愛いみどりが 綱を引く 住吉の街道筋
     よいよいよいとな *くり返し*

 ♪ どんど どんどと 流れる水は コガルルナントショ
    どこの 何処で止まるやら 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *くり返し*

 ♪ 丸い卵も 切りよで四角 コガルルナントショ
    物も言いよで 角が立つ 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *くり返し*




  三十三間堂:京都の天台宗のお寺で内陣の柱間が三十三間ある
       ところからの俗称

  【解説】
   曾根平太郎と妻、お柳とみどりの事を題材にしている。
   お柳は柳の精で かつて平太郎に助けられ 今は人間の
   姿になり妻となっている。
   白河院の病気回復の為紀州の山奥にある 柳の大木を伐り 
   三十三間堂の棟木にしようとしている事で お柳は姿を消し
   和歌の浦に引かれてゆく。
   途中で動かなくなった大木が 平太郎、みどりに引かれ無事に
   都に運ばれた。

   後、「ストライキ節」となった。
   娼妓のストライキから取られており、元唄の歌詞は高杉晋作の
   作と伝えられている都々逸の文句をそっくり使っているという。
posted by 美きえ at 14:36| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
民謡の解説本によりますと…
娼婦のストライキが起こったのは明治33年秋で
場所は熊本の二本木遊郭の東雲楼。。
楼主は中島茂七さんという人だったそうですね。

以下の歌詞がありました。。

♪花岡山から二本木見れば(焦がれて何としょ)
金は無かしま(中島)家も質(茂七)
(東雲のストライキ さりとは辛いね 
てなことおっしゃいましたかね)

民謡本には無い歌詞もあるんですね〜。。
勉強になりました(^^♪
Posted by 迷也 at 2007年12月13日 21:04
迷也さま♪
明治33年ですか・・それにしても この歌詞・・面白いですね!!
いつか この歌詞で唄ってみたいと思います。
その時はこの解説付きにすると良いですね。。
使用させていただいても良いですか〜〜?
Posted by 美きえ at 2007年12月14日 08:50
あら?コメントが消えました…

どうぞ〜お使い下さいませ!
他の解説はメールで送信しますね(^^♪
Posted by 迷也 at 2007年12月14日 19:49
迷也さま♪
メールありがとうございました。
参考にさせていただきますね!!(^_-)v
Posted by 美きえ at 2007年12月15日 15:22
自由商売で 廓は出たが
焦がるる何としょ
行き場がないので 屑拾い
遊び女のストライキ さりとは辛いね
てなことおっしゃいましたかね

金をポケットに あの娘を膝に
焦がるる何としょ
嬉しドライブ どこまでも
涼風とヘッドライト さりとは青いね
てなことおっしゃいましたかね

↑こんな歌詞もあります。
上のものは多分けっこう古いものです。
下のものは、二三吉さんのレコードで聞きました。
Posted by みんみん at 2008年02月19日 00:48
みんみんさま♪
何だか聞いたことあるような気がしますが 二三吉さんのものは現代的で面白いですね!!
Posted by 美きえ at 2008年02月19日 09:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。