2010年06月15日

おいとこ節

♪ おいとこ そうだよ 紺の暖簾に 伊勢屋と書いてだんよ
    お梅十六 十代伝わる 粉屋の娘だんよ
     なるほど 良い娘だ あの娘と添うなら 三年三月でも
   裸でわらも 背負いましょ 水も汲みましょ
     手鍋も提げましょうよ なるたけ 朝は早起き
    登る東海道は 五十と三次
   粉箱 ヤッコラサと かついで 歩かにゃなるまい
     おいとこ 底抜けだんよ


posted by 美きえ at 00:11| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月01日

花見にごんせ・・・

 ♪ 花見にごんせ 向島 雪が見巡り 山谷掘
    帰りのおみやは オッササノ 桜サノ長命寺の桜もち

 ♪ ぞめきにごんせ 吉原へ その後遠くじゃなけれども
    買わずに 柳をちょいと見て 帰ろう 帰ろう


posted by 美きえ at 00:08| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月16日

二上り新内〜来ると・・・

 ♪ 来るとそのまま喧嘩して 背中合わせの泣き寝入り
     [火の用心 さしゃりあしょう」 
      鉄棒(かなぼ)の音に目を覚まし
     人の知らない エー ま 仲直りすりゃー 明けの鐘





 『火の用心』の部分からアップしました。
 このフレーズは 二上り新内だけではなく 他の唄などにも
 多く使われています。 
posted by 美きえ at 21:40| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月01日

二上り新内〜悪止め

 ♪ 悪止めせずとも そこを離せ 明日の月日が無いじゃなし
    止めるそなたの心より 帰るこの身は 
     エー まーどんなに辛かろう


 

  [解説]
  文化、文政(1804〜1830年)の頃に 最も盛んに
  唄われた唄で新内に似た 哀調を帯びた旋律を持っている


 この他にも 替え唄が沢山あるようです。
 一般には ♪悪止め・・と ♪来ると〜・・の二つが
 唄われる事が 多いです。
 5月15日に ♪来ると〜をアップしますね(^-^)V 

 

 ♪ 来るとそのまま喧嘩して 背中合わせの泣き寝入り
    [火の用心 さしゃりあしょう」 
     鉄棒(かなぼ)の音に目を覚まし
    人の知らない エー ま 仲直りすりゃー 明けの鐘

 ♪ 里を離れし 草の家に 二人が外に虫の声 隙きもる風に
    灯火の消えて 嬉しき 窓の月

 ♪ 隅田のほとりに 住居して 萩の枝折戸 四畳半 
    うた 俳偕や茶の湯して 主と二人で 侘び住まい

posted by 美きえ at 12:35| 東京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月15日

さわぎ・・・

 ♪ 送りましょうか 送られましょうか せめてあの町の角までも

 ♪ 花が蝶々か 蝶々が花か 来てはチラチラ 舞い遊ぶ

 ♪ 目出度、目出度の若松様よ 枝も栄えて葉も繁る

 ♪ この家 座敷は 目出度い座敷 鶴と亀とが 舞い遊ぶ





  [解説]
  遊里独特な座敷唄のひとつ。 
  祝儀唄で、座敷を誉め陽気な雰囲気をかもし出す。
  季節に合わせて 演奏され 芝居などでは遊里の場面で
  舞台が変わる際に使われる。

posted by 美きえ at 09:36| 東京 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月01日

お江戸日本橋・・・

 ♪ お前 待ち待ち 蚊帳の外 蚊に食われ 
    七つの鐘の鳴るまでも こちゃ 
     七つの鐘の 鳴るまでも こちゃへ こちゃへ

 ♪ お江戸日本橋 七つ立ち 初のぼり 
    行列そろえて アレワイサノサ こちゃ 
     高輪 夜明けの提灯消す こちゃへ こちゃへ

 ♪ 恋の品川 女郎衆に 袖引かれ 
    乗りかけおん馬の 鈴が森 こちゃ
     大森細工の 松竹を こちゃへ こちゃへ

 ♪ 六郷渡れば 川崎の万年屋 
    鶴と亀との 米饅頭や こちゃ 
     神奈川 急いで 保土ヶ谷へ こちゃへ こちゃへ

 ♪ 馬入渡りて 平塚の女郎衆は 
    大磯 小磯の客を引く こちゃ 
     小田原評議で 熱くなる こちゃへ こちゃへ

 ♪ 登る箱根のお関所で ちょいと待った 
    若衆のものとは受け取れぬ こちゃ 
     新造じゃないかと ちょっと 三島 こちゃへ こちゃへ





 【参考】

 東海道五十三次 上り唄(参照)

1  お江戸日本橋七つ立ち 初上り 行列揃えて あれわいさのさ
   こちや 高輪 夜明けの提灯消す こちやえ、こちやえ

2  恋の品川女郎衆に 袖ひかれ のりかけ お馬の鈴が森
   こちや 大森細工の松だけを

3  六郷あたりで川崎の まんねんや 鶴と亀との米まんじゆう
   こちや 神奈川 いそいで保土ヶ谷へ

4  痴話で口説は 信濃坂 戸塚まあえ 藤沢寺の門前で
   こちや とどめし 車そ 綱でひく

5  馬入りわたりて平塚の 女郎衆は 大磯小磯の客をひく
   こちや 小田原評議で 熱くなる。

6  登る箱根のお関所で ちょいと捲り 若衆のものとは受取れぬ
   こちや 新造じゃぢゃないよと ちょいと 三島

7  酒もぬまずに 原つゞみ 吉原の 富士の山川 白酒を
   こちや 姐さん 出しかけ 蒲原へ

8  愚痴を 由井だす(さった)坂 馬鹿らしや 絡んだ口説きも
   興津川 こりや 欺まして 寝かして 恋の坂

9  江尻 つかれてきは府中 はま鞠子 どらをうつのかどうらんこ
   こりや 岡部で 笑はゞ笑わんせ

10  藤枝娘の しをらしや 投げ島田 大井川 いと抱きしめて
   こちや いやでもおうでも 金谷せぬ

11  小夜の 中山 夜泣石 日坂の 名物わらびの餅を焼く
   こちや いそいで 通れや 掛川へ

12  袋井通りで 見附けられ 浜松の 木陰で舞坂まくり上げ
   こちや 渡舟(わたし)に 乗るのは 新井宿

13  お前と 白須賀 二タ川の 吉田やの 二階の隅ではつの御油
   こちや お顔は 赤坂 藤川へ

14  岡崎女郎衆は ちん池鯉鮒 よくそろい 鳴海絞りは 宮の舟
   こちや 焼蛤をちょいと 桑名

15  四日市から 石薬師 願をかけ 庄野悪さを なおさんと
   こちや 亀薬師を 伏し拝み

16  互いに 手を取り 急ぐ旅 心関 坂の下から 見上ぐれば
   こちや 土山つゞじで 日を暮らす

17  水口びるに 紅をさし 玉揃ひ どんな石部の お方でも
   こちや 色にまようて ぐにやぐにやと

18  お前と 私は草津縁 ぱちやぱちやと 夜毎に 搗いたる
   姥ヶ餅 こちや 矢橋で 大津の 都入り


 東海道五十三次 下り唄(参照)

1  花の都は 夜をこめて 逢坂の 夕つげ鳥に 送られて
   こちや 名残をしくも 大津まで こちやへこちやへ

2  瀬田の 長橋打渡り 近江路や まの々浦風 身にしみて
   こちや 草津 石部の 水口へ

3  土山 行くのを ふりすて々 情山 心細くも坂の下
   こちや 人目の 関をば 忍びつ々

4  往来(ゆきき)を まねく をばな咲く 野尻より 
   亀山 庄野 石薬師 こちゃ 追分け 行くのは 四日市

5  かひを 桑名の 渡しより 尾張なる 熱田の宮を 伏をがみ
   こちや 鳴海 池鯉鮒の 染め尽くし

6  岡崎通りて 藤川の 流れなる 赤坂越えて 御油までも
   こちゃ 吉田 二タ川 白須賀へ 

7  心新井の 渡船 帆をあげて 扇開いて 舞阪の
   こちや 浜松越えて 見附けらる

8  袋井 掛川 打過ぎて 日坂の小夜の 中山夜泣石
   こちや 菊川渡りて 袖ぬらす

9  いはで焦る々 金ヶ谷で 思わずも 花の女郎衆は大井川
   こちや 二八ばかりの 投げ島田

10  花のゆかりの 藤枝に 思いきや かかる岡部 真葛原
   こちや 夢か現か 宇津の女で

11  津田の細道 はかゆかず 花染の 衣物の袖を 振りはいて
   こちや 鞠子府中の 賑ひな

12  江尻 興津の 浜辺より はるばると 三保の松原 右に見て
   こちや 浮世の塵を(さった)坂

13  我元 由井の乱れ髪 はらはらと 蒲原かけて 降る雪は
   こちや 富士の裾野の 吉原へ

14  原や沼津の 三島への 朝露に かけ行く先は 小笠原
   こちや 越え行く先は 箱根山

15  雲井の花を わけすて々 小田原の 大磯小磯を 打ち過ぎて
   こちや 平塚女郎衆の 御手枕

16  花の藤沢 過ぎかねて 神の露 ちゞに砕いて 戸塚より
   こちや 保土ヶ谷までの 物思ひ

17  思ふ心の 神奈川や 川崎を 通れば やがて六郷川
   こちや 大森 小幡で 鈴が森

18  酔ひも 鮫洲に 品川の 女郎衆に 心引かれて 旅の人 
   こちや 憂を 忘れて お江戸入り
posted by 美きえ at 09:22| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月15日

ずぼらん・・・

 ♪ かかる所へ 葛西領なる篠崎村の 弥陀堂の坊さまは 
     雨降り揚句に 修業と出かけた 
    右に数珠もち左の肩には 大きな木魚を横ったに抱えて 
      南無からたんのう とらやーやー 
   おらが嬶(かかあ)はずぼらんだ  隣の内儀さん(かみさん)
     これもんで 何のかんのと修業はよけれど 
    遥か向うより 十六、七なる姐さんなんぞを 
      チョイト また見初めた 
   エーエーエー サノヨイヨイヨイ ヨイトコナ
     よっぽど女にゃ 野良和尚





  [解説]
  葛飾あたりの寺の坊さんを主人公とした滑稽な内容。
  18世紀後期に作られ 昭和になって寄席や酒席で
  演じられるようになった。
posted by 美きえ at 08:53| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

桃太郎・・・

 ♪ 昔々 おじいさんとおばあさんが あったとさ 
    ハァ キタコリャ おじいさんは 山へ芝刈りに 
     おばあさんは 川へ洗濯に
 
   大きな桃が 流れ来て その桃 タライに 打ち込んで 
    おばあさんは 我が家へ戻らるる桃の中から お誕生 
     チョチチョチ アワアワ かいぐり かいぐり とっとの目

   これもし もうし 桃太郎さん あなたのお腰は 何であろう
    日本一のきびだんご ひとつ下さい お供する 
     犬 さる キジを 共に連れ 行列揃えて 帆を立てて 
   
   アレワイサノサ ハァ コリャコリャ コレワイサノサ 
    殿さ お馬でおいらは 後の草履取り 
     ハァ コリャコリャ さしずめ 奴はお槍持ち

   くつわの音が リンガラリ リンガラリ 
    難なく 島へ漕ぎ渡り 宝の数々 奪い取り 
     我が日ノ本へ 戻らるる 治まる御世こそ 目出度けれ



posted by 美きえ at 09:55| 東京 🌁| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月15日

綱は上意・・・

 ♪ 入にける 綱は上意を蒙りて 羅生門にぞ着きにけり
     折りしも雨風激しき後ろより 兜のしころを引っ掴み
    引き戻さんと エイ と引く 綱も聞こえしつわものにて
      彼の曲者に諸手をかけ

   よしゃれ 放しゃれ しころが切れる しころ切れるは
     いといはせぬが たった今結うた鬢の毛が
    損じるは もつれるは七つ過ぎには行かねばならぬ 
      そこへ行かんすりゃ コチャ 気にかかる 
    誰じゃ 鬼じゃないもの私(わし)じゃもの
     兜もしころも らっちもいらねえ 
      サーサ 持ってけ しょってけ




  [解説]
  地歌のおどけ物に、”綱”という物があり端唄風に作り直した。
  源 頼光の四天王の1人に”渡辺の綱”という人がいて 
  京の東寺の羅生門で鬼神の片腕を斬り取った事で天下に
  名を知らしめた話。
  初めは、物々しい義太夫調で 途中からガラリと三下りに
  転調してから 軽妙さを見せる趣向になっている。

  蒙る   :受ける
  しころ  :兜の後ろに垂れ手首を覆うもの
  つわもの :兵士・勇士
  七つ   :午後4時過ぎ
  らちもない:だらしない

posted by 美きえ at 13:49| 東京 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

東の月・・・

♪ 土佐の高知のネ 土佐の高知の播磨屋橋は 
    燃える想いの 紅の橋
     鋳掛け屋小町のお馬さん 竹林寺の順心と 
    人目を忍ぶ仲となり かんざし買って 噂の 
     アラ 本当に種だね

 ♪ 四国名所はネ 四国名所は 黒潮おどる 
     室戸 足摺 海の幸 讃岐うどんに 伊予みかん 
    金比羅さまに 願掛けて 八十八の寺参り
     石鎚山に朝日が アラ 本当に 登るね






先ほどは ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
試聴のご用意が出来ましたので お楽しみくださいませ。

今後も もうしばらくはアップしていきますので 
よ(^ー^)ろ(^o^)し(^ ^)く お願いします(^-^)V  




posted by 美きえ at 16:43| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月15日

三国富士節・・・

 ♪ 三国の 富士の高嶺に 雪が降ったり 積んだり 
     溶けたり 流れたり ヨイヨイヨイヤナ 
    その雪が 三島女郎衆の 手水 紅かね 化粧水
      夜明けの酔い覚まし ヨーイヨーイヨイトナ

 ♪ 向こうの なげしに掛けたる 大なぎなたは 
     誰が持ったか 聞いてみな ヨイヨイヨイヤナ 
    武蔵坊の弁慶さんが 持ったる大なぎなた
      柄も八尺なら 御身も八尺 ヨーイヨーイヨイトナ

 ♪ 奥山で きじとキツネと猫と犬とが 鳴いていた 
     何と言うて 鳴いていた
    きじ ケンケン コンコン ニャンニャン
      ワンワン ケン・コン・ニャン・ワン 
    ケケ・コンコン ニャニャ・ワンワン 
     ケケ・ココ・ニャニャ・ワンワン ヨーイヨーイヨイトナ


posted by 美きえ at 09:53| 東京 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月01日

大津絵(大阪)・・・

 ♪ 大阪を立ち退いて 私の姿が目に立たば かり駕籠に
    身をやつし 奈良の旅籠や三輪の茶屋 五日、三日と日を送り
     二十日余りに四十両 使い果たして二分残る
    金ゆえ 大事な忠兵衛さん 科人に致しましたも皆私ゆえ
     さぞや お腹も立ちましょうが因縁づくじゃと諦めくだしゃんせ



 
 

 [解説]
 大津宿(滋賀)の名物に厄除けの一枚絵(大津絵)があり 
 宿場遊女達が それに描かれている。
 その戯画を折り込み「大津名物二上り」として唄い出したのが
 江戸中期。
 弘化(1844〜1847)の頃に 江戸の俗曲として全国に広まる。
 明治時代になっても愛唱されており  現在では端唄の代表曲と
 なっている。


 ■大津絵

 歌舞伎「恋飛脚大和往来」(こいのたよりやまとおうらい)の通称名。

 大阪の飛脚問屋亀屋の養子忠兵衛は、新町の遊女梅川を
 身請けする為に 公金の封印を切ってしまい 故郷の
 大和国新口村へ落ち延びて行く。
 雪の中の二人の前に忠兵衛の実父 孫右衛門が通りかかり
 梅川は雪に滑った孫右衛門を介抱する。
 孫右衛門は忠兵衛に気付きながらも 養家への義理から
 名乗ることもせず 二人を見送る。

posted by 美きえ at 00:11| 東京 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

流しの枝・・・

 ♪ 行き暮れて 木の下影を宿とせば 空に知られぬ 雪ぞ散る
    花の枕に吹雪のしとね 憎や 嵐のえてことを 聞いて
     流しの花の枝 ほんに男の気ばかり汲んで 一夜 まる寝の
    添いぶしに 言わぬが言うに いや 勝る
     花や今宵の 主人ならまし


posted by 美きえ at 08:12| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

新磯節

 ♪ 空飛ぶ飛行機は ナイルススミス スミス飛行機は 風舵任せ
    私しゃ あなたの舵の取りようで アノ 宙返り

 ♪ 雨は天から 縦には降れど 風の吹きようで 横にも降るが
    私しゃ あなたに 縦に振れども 横には振らぬ

 ♪ 沖の小舟は 帆かけて走る 舟は帆任せ 帆は風任せ
    私しゃ あなたの 心任せになる身じゃないか


posted by 美きえ at 10:11| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月15日

文弥くずし

 ♪ 雪をかぶって 寝ている笹を 憎や雀が揺り起こす
    *一杯 呑め呑め とろんとしょ 
     ちんちもりかりか まがまんのまんよいよい*

 ♪ 水の月 手には取れぬと諦めながら 濡れてみたさの 恋の欲
    *くり返し*

 ♪ 身をも 命も惜しまぬものを 何の浮名や 世の義理を
    *くり返し*

posted by 美きえ at 22:21| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月01日

青島節・・・

 ♪ 青島良い所 誰が言うた 後ろ 禿山 前は海 
    尾のない狐が 出るそうな僕も二、三度 騙された
     *なっちょらん なっちょらん*

 ♪ 青島の山から 指差して あの山越ゆれば アリャ日本 
    さぞや帰りを待つであろう 僕は青島の露となる 
     *くり返し*

 ♪ 船の汽笛が鳴る度に 思い出します 国の事 
    待ってて下さい お母さん 勉強済むまで あと二年 
     *くり返し*




  【解説】
  「ちんとうぶし」と読みます。  
   詳しい事はわかりませんが 戦時中に流行った事だけは
   想像がつきます。
  
posted by 美きえ at 12:03| 東京 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

かっぽれ・・・

 ♪ かっぽれ かっぽれ ヨーイトナ ヨイヨイ
  
   沖の暗いのに 白帆がサー見ゆる ヨイトコラサ
    あれは、紀伊の国 ヤレコノ コレワイノサ 
     ヨイトサッサッサ 蜜柑船じゃえ 

   サテ 蜜柑船 蜜柑船じゃサー見ゆる ヨイトコラサ
    あれは、紀伊の国 ヤレコノ コレワイノサ 
     ヨイトサッサッサ 蜜柑船じゃえ 

   サテ 豊年じゃ 満作じゃ 明日は旦那の稲刈で 
    小束に絡げて ちょいと投げた 投げた セッセ 
      枕に 投げた枕に とがは無い 
   オセセノコレワイサ 尾花に穂が咲いた この妙かいな
 
   ねんねこせーねんねこせ ねんねのお守りは何処へ行った
    あの山越えて里へ行った 里のお土産(おみや)に
     何もろた でんでん太鼓に笙の笛 寝ろてばよー
    寝ろてばよー 寝ろてば寝ないのか この子はよー




  [解説]
  願人坊主が踊った(住吉踊り)中のひとつの唄で明治19年頃
  9代目団十郎が 豊年斉梅坊主から習得し 舞台にかけたのが
  後に広まった。

  タイトルの由来は
  (1)「私ゃ貴方に岡っ惚れ」が訛ったもの、
  (2)恋人同士を意味するカップルが訛ったもの、
  (3)合奏を意味する化ぺるを日本人が聞き間違えた、
  という三つの説があるらしい。

  初代豊年斎梅坊主が得意としていた。
posted by 美きえ at 10:01| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月01日

弓張月

 ♪ 弓張月の 影暗く 通う振りして 忍んで聞けば 
    沖津白波 立田山
     夜半には 君が ひとり越ゆらん

 ♪ 寝ぬ夜の 耳に こおろぎの 
    あれも独りか 待つ身は同じ 
     辛気辛苦のおきふしを 月にも隠せ 露の裏木戸


posted by 美きえ at 08:15| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月14日

間がいいソング

 ♪ 酒は正宗 芸者は万竜 唄は流行りの 間がいいソング 
    *何て間がいいんでしょ*

 ♪ 嫌だ嫌だよ ハイカラさんは嫌だ 頭の真ん中に さざえの壺焼き
    *くり返し*

 ♪ 止めた思いが 天まで届き 居続けさすよに 降る今朝の雨
    *くり返し*

 ♪ 飛行機 にらんで 地団駄踏んで 銃剣片手に 涙ポロポロ
    *くり返し*



  【解説】
  明治の頃の世相が出ている唄だと思います。

  「酒は正宗 芸者は万竜」というのは 今でいうコピーらしく
  万竜という芸者さんは 美人コンテストで第一位に選ばれるほどの
  美貌の人だったらしいです。
  これは 「笠森おせん」さんも 同じような美貌の人で有名です。
 
  さざえの壺焼きというのは そう見える女性の髪形が流行ったそうです。
  同じものかどうかわかりませんが 「二百三高地」という髪型も
  日露戦争後に流行ったそうです。 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

■解説の補足です■
 ブログのお客さまである 迷也さまより 耳寄りな情報を戴きましたので
 ご紹介します。

 <万竜さんについて>

 三越呉服店が広告写真のモデル料に大枚をはたいて惜しまなかったとか・・・
 今も赤坂一ツ木通りある書店「金松堂」では、当時彼女を扱った
 絵葉書が刷るそばから飛ぶように売れたそうです。
 明治28年から昭和8年まで発行された文芸倶楽部という雑誌が
 企画した明治40年度の美人投票で9万余票を獲得してトツプ
 だったそうです。
 9万票ということは、雑誌が9万部以上発行されていたということ
 でしょうからその発行部数は当時としては凄い数字になると思います。
 客には伊藤博文を始め、当時の名士が引きも切らずの赤坂の名妓で
 あったそうで現在の大阪難波にあった富田屋の八千代さん、
 京都祇園の千賀勇さんと並んで日本三名妓(ぎ)だと明治40年
 発行の「名妓評判記」に記されていたそうです。

 <正宗について>

 いろいろ説があるようですが、一般的なのが灘の酒、桜正宗の蔵元が
 寺に参詣したおりに「臨済正宗(セイシュウ)」の文字を見て
 「清酒」と「セイシュウ」の語呂があうと思い名づけたと
 されています。
 また「名刀正宗」にあやかってつけられたとも言われています。
 当時の灘は、六甲山系の急流を利用して水車精米という技術と
 宮水という醸造に適した水のおかげで、高品質の酒を大量生産
 していて江戸に大量に輸出?するようになっていました。
 今のビールじゃありませんけど…「切れのある酒」という意味で
 正宗と名付けたといわれているようです。

 もう一つは…テレビCMでよく目にする「菊正宗」に代表される
 ように「正宗」の文字は100を超える銘柄で使われている
 そうですが 江戸時代に「下り酒」といって、上方の酒を江戸に
 輸出?していましたその際に 灘の「正宗」という銘柄の酒が
 おいしいと評判になったことから 灘の他の蔵でも同じように
 「正宗」という銘柄をつけて販売しだしましたそうすると
 日本各地の酒蔵も真似て「正宗」の銘柄を使用するようになります。

 こうなると「正宗」=高品質の酒 こんなイメージを与えることに
 なりますね。
 明治に入り登録商標にする際も、当時あまりに「正宗」銘柄の酒が
 多かったので一般名詞として登録できなくなりました。
 そこから、菊正宗、桜正宗はじめ、すべての「正宗」が「○○正宗」
 というように表記せざるを得なくなったそうです。。
  酒は正宗…とは灘の酒蔵が販売していたお酒である…そう
 受け止めることができます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・と このように詳しく教えて下さいました。
本当にありがとうございました。
また 補足することがありましたら メールにてお知らせくださいませ。
\(^_^=^_^)/ ヨロシクお願致します。
posted by 美きえ at 09:39| 東京 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月01日

筆の傘・・・

  ♪ 筆の傘 焚いて待つ夜の 蚊遣火に 
      さっと 吹きしむ 涼風や
     磯打つ潮も 粋な夜に ん〜女波男波の 夫婦仲 
      寝付かれぬ夜は なお 恋いしゅうて 
       寝かさぬ時を 思いやる


posted by 美きえ at 09:28| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする