2008年03月23日

<猫じゃ猫じゃ>

  ♪ 猫じゃ猫じゃと おっしゃいますが 
     猫が 猫が下駄履いて絞りの浴衣で来るものか 
   *オッチョコチョイノチョイ オッチョコチョイノチョイ*

  ♪ 蝶々蜻蛉や きりぎりす 
     山で 山でさえずるのは 松虫 鈴虫 くつわ虫
   *くり返し*

  ♪ 竹に雀は仲良いけれど 切れりゃ 
     切れりゃ仇の 切れりゃ仇の 餌差し竿
   *くり返し*

  ♪ 下戸じゃ下戸じゃと おっしゃいますが 
     下戸が 一升樽かついで前後もわからず 飲むものか 
   *くり返し*

  

   【解説】
   文政11年頃江戸で流行した唄で 明治初年に替え歌が
   沢山出来、また 座敷唄としてよく唄われた。
posted by 美きえ at 14:55| 東京 ??| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月06日

<梅が枝の手水鉢>

 ♪ 梅が枝の手水鉢 叩いてお金が出るならば 
    もしも お金が出た時は
     その時ゃ 身請けを そうれ 頼む

 ♪ 青柳の風の糸 結んで縁(えにし)に なるならば 
    もしも 縁になるならば
     桜の色香を そうれ 頼む

 ♪ この頃の株屋さん 当たって儲けになるならば 
    もしも儲けになるならば
     その時ゃ 芸者衆を そうれ 頼む
 

  【解説】
   別名は 曲の最後の文句から「そうれ頼む」とも。
   また 梅が枝節とも。
   寄席の高座で唄い出されたのが始まりで 節は
   「かんかんのう」の流れを汲んでいる
posted by 美きえ at 20:03| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月26日

<春はうれしや>

 ♪ 春はうれしや 二人揃うて花見の酒 庭の桜に朧月
    それを邪魔する雨と風 チョイト 散らして また咲かす

 ♪ 夏はうれしや 二人揃うて鳴海の浴衣 団扇片手に 橋の上
    雲が悋気して 月隠す チョイト 蛍が身を焦がす

 ♪ 秋はうれしや 二人並んで月見の窓 色々話を 菊の花
    しかとわからぬ 主の胸 チョイト 私の気を 紅葉

 ♪ 冬はうれしや 二人揃うて雪見の酒 苦労知らずの銀世界
    話も積もれば 雪も積む チョイト 解けます置き炬燵



  悋気   :嫉妬・やきもち
  朧月   :かすんだ春の月
  鳴海の浴衣:愛知県、鳴海の隣の有松で作られる木綿の絞り
posted by 美きえ at 09:25| 東京 ????| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月11日

<白扇>

 ♪ 白扇の末広がりの 末かけて 
     堅き契りの銀要 輝く影に 松ヶ枝の
    葉色も勝る 深緑 立ち寄る 庭の池澄みて 
     波風立たぬ 水の面
      羨ましいではないかいな

posted by 美きえ at 15:43| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月25日

<夜桜>

 ♪ 夜桜や 浮かれカラスが 毎々よ 
     花の木陰に 誰やらがいるわいな
    とぼけしゃんすな 目吹き柳が 風にもまれて 
      エ〜 ふわりふうわりと
     オーサ そうじゃいな そうじゃわいな

posted by 美きえ at 09:19| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月11日

<書き送る>

 ♪ 書き送る 文もしどなき仮名書きの 抱いて寝よとの沖越えて
    岩にせかれて散る浪の 雪か霙か 霙か雪か とけて浪路の
     二つ文字 妻を恋しと慕うて暮らすえ

  [解説]
  東海道五十三次の神奈川台の茶屋で働く女性が江戸に残した
  夫を慕う心を唄っている。
  歌舞伎の「髪結新三」、永代橋の場で忠七が身を投げる時に
  流れるのが有名。

  しどなき:だらしない



 

 ♪ 書き送る 吾が手ながらも羨まし
     恋しき人の見ると思えば恥ずかしき
    嘘も誠も命毛に 契いしことの判じもの
      待つも幾夜の後朝に 人目の関と明烏
  
  [解説]
  こちらは 廓の女が絶えて久しく逢わぬ男のもとに、思いの丈を
  述べた文を書き送る所を唄ったもの。

  羨まし :思うように書けないで不満であるという意。
  命毛  :筆
  後朝(きぬぎぬ):「衣衣」で男女が相会った翌朝、それぞれの
            衣服を着て別れること。
  人目の関:他人の見る目が妨げとなって、思うようにならない
       事を関所に例えている。
posted by 美きえ at 10:13| 東京 ?J| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月28日

<せつほんかいな>

 ♪ 獅子は せつほんかいな 獅子は喰わねど 獅子喰い喰いと
    雨やあられや かんろばい ぞろりやぞろりや ぞんぞろり
     目出度いな 目出度いな 

   橋の せつほんかいな 橋の欄干に腰打ち掛けて 向う遥かに
    見渡せば 弁天 松島 小松島 キュッキュと立ったは 
     アリャ 何じゃ あれかいな あれかいな

   昔々 その昔 ずっと昔の大昔 九郎 せつほんかいな
     九郎判官 義経様は静御前を伴に連れ 吉野を指して
    落ちたもう ヨンボリヨンボリ ヨヨンボリ 
     烏帽子かりぎぬ 烏帽子おり 
      ぞろりやぞろりや ぞんぞろり 目出度いな 目出度いな



   [解説]
   経済の発展と共に 各地の俗謡も 江戸に伝えられ アレンジ
   された。
   この曲もその1つで 阿波地方の地名や 義経と静御前の
   恋などを入れ 一貫性は無いが 目出度さを唄っている。
posted by 美きえ at 19:17| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月12日

<ストライキ節 (東雲節)>

 ♪ 何をくよくよ 川端柳 コガルルナントショ
    水の流れを 見て暮らす 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *テナコトオッシャイマシタカネ*

 ♪ 三十三間堂 柳のお柳 コガルルナントショ
    可愛いみどりが 綱を引く 住吉の街道筋
     よいよいよいとな *くり返し*

 ♪ どんど どんどと 流れる水は コガルルナントショ
    どこの 何処で止まるやら 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *くり返し*

 ♪ 丸い卵も 切りよで四角 コガルルナントショ
    物も言いよで 角が立つ 東雲のストライキ
     さりとは辛いね *くり返し*




  三十三間堂:京都の天台宗のお寺で内陣の柱間が三十三間ある
       ところからの俗称

  【解説】
   曾根平太郎と妻、お柳とみどりの事を題材にしている。
   お柳は柳の精で かつて平太郎に助けられ 今は人間の
   姿になり妻となっている。
   白河院の病気回復の為紀州の山奥にある 柳の大木を伐り 
   三十三間堂の棟木にしようとしている事で お柳は姿を消し
   和歌の浦に引かれてゆく。
   途中で動かなくなった大木が 平太郎、みどりに引かれ無事に
   都に運ばれた。

   後、「ストライキ節」となった。
   娼妓のストライキから取られており、元唄の歌詞は高杉晋作の
   作と伝えられている都々逸の文句をそっくり使っているという。
posted by 美きえ at 14:36| 東京 ????| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月27日

<槍さび>

 ♪ 槍は錆びても名は錆びぬ 昔忘れぬ 落とし差し
    エ〜サアサー ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ エ〜ヨイヤサー

 ♪ 槍の穂先を 奉書で受けて おせきめ召さるな 我が友よ
    エ〜サアサー 柳生流儀の荒木又右衛門



  歌舞伎の殺し場にもよく用いられる

  【解説】
  日本の三大仇討ちとは『曾我兄弟』『忠臣蔵』『伊賀越徒討』の事

  『曾我兄弟』につきましては曾我兄弟の父、河津三郎祐泰
  (すけやす)が伊豆伊東で工藤祐経(すけつね)の従者に
  よって暗殺されました。
  暗殺の背景は、所領争いと思われます。
  兄の曽我十郎祐成(すけなり)、弟の曽我五郎時致(ときむね)は
  武士道の 面目にかけて仇討の達成を念願しました。

  兄弟は駆けつけた部下たちと渡り合い、兄、十郎は朝比奈四郎に
  斬殺され 弟、五郎は小舎人五郎丸に捕らえられ 断首による
  処刑を申し渡されました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
  『伊賀越仇討』は・・・
  荒木又右衛門は伊賀の国出身で、大和郡山藩の服部という武家の
  養子となる。
  彼の妻の弟に備前、岡山藩、渡辺数馬という武士がいた。
  数馬の弟、源太夫が同僚の河合又五郎に殺されたため、数馬は
  弟の仇討ちに行くが、そこに又右衛門が助太刀をして、伊賀、
  上野城下の鍵屋辻でみごと その目的を果たした。

  この時、荒木又右衛門は三十六人斬りをしたと言われているが 
  それは誇張で 後世のつくり話。
  実際に 又右衛門が倒したのは二人だそうです。

               
posted by 美きえ at 23:30| 東京 ????| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

<わしが国さ>

  ♪ わしが国さで見せたい物は 昔しゃ谷風 今伊達模様
      ゆかし懐かし宮城野信夫 浮かれまいぞえ
        松島ほとり しょんがえ




  [解説]
  仙台地方の民謡として化政期(1804〜1830)に唄い出されたと
  思われる。

  伊達模様  :粋な姿
  宮城野信夫 :浄瑠璃”白石囃”の宮城野・信夫姉妹の事

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  ■太平記白石噺<揚屋>■
    ごたいへいきしらいしばなし<あげや>

  12歳で身を売った宮城野は美しく心根もよいとして人気は群を
  抜いている。

  その廓に田舎くさい娘が連れてこられる。
  それは観九郎にかどわかされかけていた信夫であった。
  5歳で別れた妹と確信する。

  両親の安否を尋ねる宮城野に信夫は父が5月に悪代官に
  刺殺されたが証拠がなく仇が討てずにいると告げる。
  更に信夫は母も悲しみのあまり6月16日に亡くなったと告げ、 
  姉を探して共に父の仇をうとうと考え坂東巡礼のなりで江戸へ
  出て来たと告げる。
  主人の惣六が温かいはからいをしてくれて 大門を出て行く。
posted by 美きえ at 10:25| 東京 ?J| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする