♪ 槍は錆びても名は錆びぬ 昔忘れぬ
落とし差し
エ〜サアサー ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ エ〜ヨイヤサー
♪ 槍の穂先を 奉書で受けて おせきめ召さるな 我が友よ
エ〜サアサー 柳生流儀の荒木又右衛門
歌舞伎の殺し場にもよく用いられる
【解説】
日本の三大仇討ちとは『曾我兄弟』『
忠臣蔵』『伊賀越徒討』の事
『曾我兄弟』につきましては曾我兄弟の父、河津三郎祐泰
(すけやす)が
伊豆の
伊東で工藤祐経(すけつね)の従者に
よって暗殺されました。
暗殺の背景は、所領争いと思われます。
兄の曽我十郎祐成(すけなり)、弟の曽我五郎時致(ときむね)は
武士道の 面目にかけて仇討の達成を念願しました。
兄弟は駆けつけた部下たちと渡り合い、兄、十郎は朝比奈四郎に
斬殺され 弟、五郎は小舎人五郎丸に捕らえられ 断首による
処刑を申し渡されました。
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『伊賀越仇討』は・・・
荒木又右衛門は伊賀の国出身で、大和郡山藩の服部という武家の
養子となる。
彼の妻の弟に備前、
岡山藩、渡辺数馬という武士がいた。
数馬の弟、源太夫が同僚の河合又五郎に殺されたため、数馬は
弟の仇討ちに行くが、そこに又右衛門が助太刀をして、伊賀、
上野城下の鍵屋辻でみごと その目的を果たした。
この時、荒木又右衛門は三十六人斬りをしたと言われているが
それは誇張で 後世のつくり話。
実際に 又右衛門が倒したのは二人だそうです。
posted by 美きえ at 23:30| 東京

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