2007年05月26日

<六段くずし>

♪  潮来出島の 真菰の中で 菖蒲咲くとは しおらしや

♪  仇や おろかで 逢われるものか 
         二町や三町の道じゃない

♪  さんさ時雨の 萱屋の屋根で 音もせでして 濡れかかる

posted by 美きえ at 09:47| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月11日

<ちょんこ節>

 ♪ ちょんこ歌えば 巡査が叱る 叱る巡査の子が歌う 
    *ちょんこ ちょんこ*

 ♪ 夢になりとも 持ちたい物は 金のなる木と 良い女房 
    *くり返し*

 ♪ 話しとうても 話はならず ガラス障子の内と外 
    *くり返し*

 ♪ 好いたお方に盃差され 飲まぬ先から 桜色 
    *くり返し*

 ♪ たとえ 姑が鬼でも蛇でも お前育てた 親じゃもの 
    *くりかえし*

 ♪ 意見聞く時 つく両の手は なりも蛙の面に水 
    *くり返し*




  【解説】

  名古屋から流行した俗曲。
  卑猥な替唄がたくさん作られ唄われた。
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2007年04月25日

<紀伊の国>

  ♪ 紀伊の国は音無川の水上に
     立たせ給うは船玉山 船玉 十二社 大明神
    サテ 東国に至りては 玉姫稲荷が三廻へ 狐の嫁入り
     お荷物を担ぐは合力 稲荷様
      頼めば田町の袖摺の さしずめ今宵は待女郎
    コンコンチキナ コンチキナ 仲人は真っ先
     真っ黒、黒な九郎助 稲荷に包まれて
      子までなしたる信田妻



   [解説]
 
   上方の流行が明治に東京に移った。
   立花家橘之助が得意とした。
   19世紀前半に和歌山や大阪で流行した「祭文」が原形。
   紀州の”神おろし祭文”で始められ、音無川を江戸の
   それと掛け 今度は江戸 吉原周辺の稲荷社七つを
   詠み込んで 荘重と軽妙 鮮やかな変化が楽しめる曲に
   なっている。

   待女郎:婚礼の際に花嫁に付き添って世話をする人
posted by 美きえ at 10:04| 東京 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

<茄子と南瓜>

 ♪ 背戸のなー 段畑で茄子と南瓜の喧嘩がござる 
    南瓜もとより いたずら者だよ 長い手を出し
     茄子の木に絡みつき そこで 茄子めが真っ黒なって
    腹の立つ そこへ夕顔、仲裁に入り これさ、
     待て待て 待て待て南瓜 色が黒いとて 背が低いとて
      茄子の木は地主だよ おらやそなたは店借り身分 
     他所の畑に 入るのは 無理じゃだんべ

   奥州街道で 南瓜の蔓めが 垣根を壊して 大家が腹立つ
    大工が喜ぶ 十日の手間損 どうするどうする 面白や

 

  [解説]
 
  幕末より唄い出され、お座敷や寄席でも踊られた。大正まで
  流行が続き、立花家橘之助が ♪奥州・・・から甚句形式を
  加えた賑やかな”浮世節”で唄うようになった。
posted by 美きえ at 09:52| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月24日

<立山>

  ♪ 浮世離れて奥山住まい 恋も悋気も忘れていたが
     鹿の鳴く声聞けば 昔が恋しゅうてならぬ
      あの山越えて 逢いに来る




   [解説]
 
   山奥の侘び住まいでの独り暮らし、哀れを誘う鹿の鳴き声で
   昔を思い出し、里に下って世俗に染まる・・・という内容が
   しっとりと唄われる叙情曲。
   明治20年頃から関西で流行り 28年頃から東京でも
   唄われるようになった。

   悋気:嫉妬・やきもち
posted by 美きえ at 14:02| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月11日

<伊勢音頭>

  ♪ お伊勢ナー 参りは内宮外宮 ハア ヨーイヨーイ
     八十末社は ヤンレ 宮めぐり
    *ヤートコセー ヨイヤナ アリャリャ 
          コレワイナ コノナンデモセー*

  ♪ 伊勢はナー 津でもつ 津は伊勢で持つ
     尾張名古屋は ヤンレ 城でもつ
    * くり返し *

  ♪ お伊勢ナー 七度 熊野へ三度
     愛宕さんへは ヤンレ 月参り
    * くり返し *


  末社:本社に附属した小さい神社

【解説】
三重県民謡。
歌詞の「ヤートコセー」の部分は、「木遣唄」の雰囲気を残しているとされる。
江戸時代以降、三重県の伊勢神宮にお参りをするという「伊勢参り」は、
メッカ巡礼のごとく盛んに行われていたが、参拝者が各地へ持ってかえって
この唄を伝えたということも十分に考えられる。
posted by 美きえ at 22:31| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月22日

<さいさい節>


♪ 姉は芸者で 妹はタイピスト 親父ゃ万年町で 
   コラサノサ 屑拾い サイサイサイ

♪ よせば良いのに 舌切り雀さ ちょいとなめたが 
   コラサノサ 身のつまり サイサイサイ

♪ 謎をかけたら 帯紐解くのにさ 主の心は 
   コラサノサ 石仏 サイサイサイ

♪ 欲は言わない 朝昼晩にさ 違う女子と 
   コラサノサ 飯が食いたい サイサイサイ



  [解説]

幕末から流行、横浜の野毛山にできた異人館の風俗を唄に
したもの。
大正6〜7年頃まで、歌詞を替えて何度も流行した。
posted by 美きえ at 09:55| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

<お互いに>

 ♪ お互いに 知れぬが花よ 世間の人に知れりゃ
    互いの身のつまり あくまで お前に情を立てて 
     惚れたが無理かえ しょんがいな 迷うたが無理かえ




[解説]

上方唄が本唄で、安政(1854〜1860)の頃に端唄・うたざわで
唄われた。明治に入って小唄に取り入れられた。
posted by 美きえ at 10:26| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月27日

<桜見よとて>

  ♪ 桜見よとて 名をつけて まず 朝桜 夕桜 よい夜桜や
     間夫は 昼じゃとえ ええ どうなと首尾して 逢わしゃんせ
      何時じゃ 引け過ぎじゃ たそや行燈 ちらりほらり 鉄棒ひく



   
    桜      :ここでは 遊女の事
    間夫    :遊女が愛する情人・ひも
    首尾    :都合をつける
    引け過ぎ  :引け四つの略称
             吉原では午後12時(実際は九つ)の事。
             引けで初めて遊女が店から下がり戸を閉めるが
             この時に 拍子木を4つ打った。
    たそや行燈 :吉原に取り付けてある行燈で 遊女”たそや”の
            追善から始まったと言われている。
posted by 美きえ at 11:04| 東京 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

<松づくし>

  ♪ 唄い囃せや大黒 
     一本目には池の松、二本目には庭の松、
      三本目には下がり松、四本目には志賀の松、
    五本目には五葉の松、六つ昔は高砂の 尾上の松や曽根の松 
     七本目には姫小松 八本目には浜の松、
      九つ小松を植え並べ、十で豊久能の伊勢の松
    この松は芙蓉の松にて なさけ有馬の松ヶ枝に 
     口説けばなびく 相生の松、また いついつの約束を 
      日を松、時松、暮れを松
       連理の松に契りをこめて 福大黒をみさいな





   [解説]
 
   松の名所を並べた歌詞で ”松尽大黒舞”として
   地歌で唄われるようになった。
   それが、江戸に入って大衆的な流行曲となり、
   寄席などでは曲技とも言える振りを付けて唄われている。
posted by 美きえ at 10:44| 東京 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする